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zoom RSS 地雷処理活動を見学させてもらった。

<<   作成日時 : 2010/12/11 21:22   >>

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 12月7日,楽しみにしていたJMASの活動を見学させてもらえる日がやってきた。
午前7時30分迎えに来てもらった。目的地までは,バッタンバン中心地から車で約1時間ほどの場所。タイとの国境の近くだそうだ。

 JMASとは?
 正式には,「認定特定非営利活動法人 日本地雷処理を支援する会」(Japan Mine Action Service)
という,NPO法人(団体)だ。
Mineとは,つまり「地雷」のこと。「不発弾」も意味すると思う。
 カンボジアだけでなく,ラオス,アフガニスタン,アンゴラでも活動している(いた)らしい。

 カンボジアでは,このJMASという日本の支援団体が,CMACというカンボジアの組織と共同事業という形で,地雷・不発弾の撤去,処理,その後のインフラ整備をしているらしい。

 CMACとは?
 CMACとは,Cambodia Mine Action Center カンボディア地雷処理センターのこと。
カンボディア王国の政府独立機関。約2,000名からなる国内の地雷処理実行組織。私が活動しているタケオでも活動していて,CMACのロゴマークのついたトラックをよく見かける。

 JMASは,CMACの決めた計画に沿って活動を支援するらしい。CMACから支援要請を受けた地域で活動するということだ。

 JMASの活動内容を教えてもらって,一番印象に残ったことは,JMASの活動目的が,「地雷・不発弾の撤去後,その土地で住民が暮らしていけるようにすること。」ということ。
 つまり,JMASの活動は,地雷・不発弾の撤去や処理だけではなく,そのあとのインフラ整備(道路,井戸,学校建設など)もあるということだ。
 見学してみた感想としては,むしろインフラ整備の方がメインではないかと感じた。そこで暮らす人々が安心して生きていけることを目指している,そのためには,単に地雷や不発弾を撤去しただけでは足りないという考えをもって活動しているのだなと感じた。

 国道から,脇道に入った。もうそこは活動地だという。つまり,今走っているこの道が活動の成果,アスファルトで舗装された道ではない(少ない予算(寄付で成り立っている)で建設しているためだと思う)が,道の両脇に水路が掘ってあり,雨季への対策が施されている。道はでこぼこではあるが,以前とは比べものにはならないそうだ。活動前は,車では入ってはいけないほどだったそうだ。
 今では,このようにバイクやトラック,耕作機械が行き来できるようになっている。
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 写真にあるような小さな橋を通った。この橋も活動によって建設された。雨季になるとこの橋の周辺が水没し,国道側と,橋の奥側にある村(キロ・チアモントレ村)が完全に遮断されていたらしい。
 橋が建設されても,雨季になるとこの橋は水没するらしい。でも,水面下に橋があるので人や車の通行が可能なのだそうだ。雨季は外界から閉ざされていた村にとっては,非常に大事な橋なのだ。
 橋の奥にあるテントが関係者(カンボジア人)のためのキャンプ施設。

 指揮所という場所に着き,そこで見学に関するブリーフィングを受けた。
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 写真の右側の人は通訳さん。左側の人は,CMACの隊員,この現場のフィールドコーディネーター,つまり現場監督さん。マカラさんという方で,元軍人さんらしい。とても穏やかで優しい人だった。いろいろと熱心に説明してくれた。
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 この図が活動地を示している。真ん中の道を建設後,その両脇のエリアの地雷・不発弾撤去を行っているということだ。オレンジで塗りつぶされた所が作業完了を示している。
 つまり,ここまで来るまでに通ってきた道の両脇が地雷原だったということだ。

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様々な地雷があることも教えてもらった。
 大まかには,対人地雷と対戦車地雷,その他の地雷に分類されるらしい。

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JMASの高木さんにも説明してもらった。道路の建設から始まって,地雷・不発弾の撤去,学校の建設など。
 
 ブリーフィング後,車に乗って,地雷撤去作業現場に。
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 これは,ディマイニング・マシーン(Demining maching)。これで草地の草ごと土を掘り起こして地雷を撤去する。この機械は対人地雷用なので,対戦車用地雷が埋まっていない所で作業を行う。ただ,万一対戦車地雷を掘り起こしてしまった際も,作業者がケガをしないよう設計されているそうだ。
 この機械によって作業が行われると,写真奥のような草地が,写真手前のような土が掘り起こされた状態になる。この状態が農耕に適しているらしく,そのままの状態で種をまくことができるそうだ。実際,作業が完了していた土地は,稲が育っていた。
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 安全に設計されているとは言え,万が一ということもある。命がけの作業だということを実感した。

 そのあと,人による地雷発見・撤去作業を見学・体験することに。
安全のための装備をつけてからの見学・体験となった。
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準備を終えて,作業現場へ。CMACの隊員(カンボジア人)が作業をしていた。この作業をする人のことをディマイナー(Deminer)というそうだ。作業の仕方をやって見せてもらった。金属探知機が正常に作動するか,入念にチェックしてから作業を行うことになっている。当然と言えば当然だ。金属探知機が正常に作動しなかったら,自分の足が吹き飛ぶことになるからだ。機械と自分の作業に自信と信頼が無ければできない作業だ。
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金属探知機をもたせてもらい,金属に反応することを体験させてもらった。
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今日発見したという,実際に地面に埋まっている地雷を見せてもらった。
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この地雷は樹脂(プラスチック)でできているので,探知しづらい材質になっているらしい。信管という起爆装置が金属でできているから,それを探知しなければ発見できないということだ。
 装備をつけさせてもらったり,探知機を持たせてもらったりしたが,どこにあるかわからない,100%探知できるという保証の無い作業は,想像を絶するものだと思った。いつ体が吹き飛んでしまうかわからない恐怖感の中での作業,今の自分には到底できないものだと感じた。担当している人たちは,どんな気持ちで作業しているのだろう?使命感?義務感?生活の糧?・・・。

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この写真ではわかりづらいが,ここには円形に壕がめぐらしてあった。ここが戦地だったことを示している。この壕に身を潜めて,敵の弾幕を避けつつ,射撃するということらしい。
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これは,ブラッシュカッターという機械。ショベルかーに似ている。潅木や草地を切り倒して,作業が出来る場所作りをするということだ。
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ここは,学校建設予定地。地雷撤去作業を見学した場所からさらに奥に入ってきた場所。地雷原の奥は,トウモロコシ畑が広がっていた。そして小さな集落があった。JMASの活動が始まる前を想像するとぞっとする。
 雨季には冠水して通れなくなってしまう道しかなく,その周りは地雷原。どこに地雷が埋まっているかわからない所。そこを通らないと集落から外には出られない。
 JMASの活動によって,地雷の恐怖から開放され,雨季でも国道まで出ることができるようになり,さらに学校もできる。そこに住む人たちにとって,大きな変化だと思った。
 
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こちらが今井さん。どんな学校が建つのか,どのような位置に建てられるのか,など詳しく,熱く語ってくれた。

 既に建設を終えた学校を見学させてもらった。
広い校庭,遊具もある。やっぱり学校は,人間の暮らしになくてはならないものなんだなと感じた。
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これは,地元の業者と発注する品物について相談している様子。JMASの活動が終わった後,建設された道路や橋,学校を維持管理していくのは,地元住民。地元の業者を使っている方が勝手を知っている分,自分たちで維持管理がしやすい。のだろうなぁ,だから地元業者を使うのかなぁ,と思いながら見ていた。

 昼食後,活動地付近の国道沿いの町にJMASが設置した井戸を見に行った。
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井戸1基で,1500ドルほどかかるそうだ。

 再び建設中の道路を通り,地雷撤去作業エリアを抜け,その奥にあるキロ・チアモントレ村に行った。
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トウモロコシ畑に囲まれて集落がぽつぽつある。
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村長さんの家に寄って,ごあいさつ。
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 この活動地は,2011年3月で終了するらしい。2011年4月から活動する予定のチ・サン村(までの道路)を見に行った。
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ここから横道があり,その道がひどい状態。どうやったらここを車やバイクで行き来できるの?って不思議に思ってしまうくらい。歩くのもやっとやっと。
 この道路の改修工事と,その奥にある地雷原の地雷撤去,そしてその地雷原に学校を建設する,というのが次の活動内容らしい。
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この道のくぼんだところが雨季になると川のようになり,水没するらしい。くぼんだところに行って横から見ると,こんな感じ。
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ここには,暗渠(あんきょ)という水を通す大きな管を設置し,その上に橋をかけなければならないらしい。

 1日かけて,いろいろな所を案内してもらった。JMASの高木さん,今井さん,亀井さん,通訳さん,JMASのスタッフ,マカラさんをはじめとしたCMACの隊員の皆さん,本当にお世話になりました。
 カンボジアに来て本当によかったと思える一日となった。珍しいものを見られた喜びではない。教員として,大人として,子どもたちに戦争について語らなければならない時,いつも違和感を感じていた。自分が語っていいのかと。今日,この体験を通して,ほんの少し,一歩だけだが,語るべき何かをつかめたような気がする。

 見学を終えて。
 帰宅後,インターネットでJMASのHPを閲覧した。その中に,こんなことが書いてあった。
「本来、地雷は弱者が防御のために使用する兵器であって、決して地雷そのものが悪者ではない筈です。これを悪者にしてしまったのは、道義的責任を果たさなかった組織や国家が居たからです。 本来は地雷(刃物)が悪物ではない。 悪者に使用された地雷(刃物)が悪物になった。」
 確かに,正しく使わないと悪者(凶器)となるものは世の中にたくさんある。
でも,やっぱり私は,地雷という存在自体を認める気持ちにはなれない。地雷だけでなくあらゆる兵器に対して,その存在を正当化するのには反対だ。
 兵器は人や人の生活を殺傷・破壊することのみを目的として作られている。しかも,最先端の技術を駆使して。その点で,兵器と刃物は全く別の物である。刃物は人間の生活にとって欠くことのできない大切な道具(文化)である。兵器と刃物を同等に考えてはいけないと思う。

 きれいごとかもしれないが,弱者であろうが,強者であろうが,互いに兵器をもたなくとも,頼らなくとも解決していけるような世界をつくっていくべきだと思う。そのために人類の英知を駆使するべきではないかと思う。
 世の中を知れば知るほど,世の中は矛盾に満ちていて,現実には兵器が日々開発され,生産され,使用され続けている状況であり,そこから抜け出せそうにはない状況だということがわかってしまう。
 でも,それでも,兵器に頼らない世界を目指すべきなんだと思ってしまう。自分の子どもたち,教え子たちには,こういう兵器を使う側にもなってほしくないし,こういう兵器に守られる側にもなってほしくないからだ。
 平和な国で,戦争を知らずに(他人事のようにとらえている)のうのうと生きてきたからこんなきれいごとしか発想できないのかもしれない。
でも,そういう人間だからこそ発想できること,できること(役割)があるんだと信じていたい。

 これもきれいごとかもしれないが,自分や家族,大切な人の生命を守るために戦わなければならない時が来たとき,私は武器(兵器)ではなく,他の何かをもって(何かの方法で)戦いたいと思う。
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