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<<   作成日時 : 2011/03/22 17:07   >>

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 3月22日(火)
 昨日,今日の2日間,配属先の小学校教員養成校で,1年生の前期試験があった。
 試験を見るといつもいやな気分になる。

 カンボジアでは,小学校から進級試験があり,それに合格できないと,小学生でも留年することになる。
そんな厳しい試験制度があるのに,実際の試験では,カンニングが横行している。
市場の本屋さんに行くと,カンニング帳が簡単に手に入ってしまうほど,カンニングが定着してしまっている。
 
 こんなにもカンニングが横行している理由はいくつかあると思う。
 @試験官である先生方が,試験官として機能していない。試験中なのに,監視せず,外で他の先生と談笑することが日常化している。教員や教育行政に携わっている人間が,適正な試験を実施しようとする気持ちが全くと言っていいほどない。

 A生徒は日ごろからの授業で,正当な評価を受けていない。(先生が評価をしていない)そのため,学習や試験に対するモチベーションが著しく低い。試験で評価を得ようとか,試験で自分の力を試してみようといった雰囲気がない。

 こういったことは,『文化』とか『習慣』として認めていいものなのだろうか?どんなに授業をよくしようとがんばっても,大切な試験(正当な評価を受けることができる大事な機会)がこんな状態では,生徒たちの学習意欲は高まらないのだと思う。
 なぜ先生方は,カンボジアの人たちは,このことを問題視しないのだろう。

 今日の試験でも,同じ光景を目の当たりにした。
 私が顔を出すと,
 先生は,急に立ち上がり,一応生徒を見る。
 隣の生徒と相談していた生徒や,隣の生徒の解答をのぞいていた生徒は,後ろめたそうな態度をとる。
 こういう態度をとるということは,自分たちも「良いことだとは思っていない。」ということなんだろう。

 でも,誰も,校長先生も先生も生徒もそれを問題提起して是正しようとはしない。
毎年,何百人もの先生を育て,学校に送り出している先生方がこんなんでいいのか?
将来先生になっていく生徒たちがこんなんでいいのか?
 本当に試験の日は腹が立つ!!不愉快でならない。やるせない気持ちになる。

 国をあげて,真剣に,徹底的に是正,改善すべき大問題だと思う。

 一生懸命努力して,きちんと能力を高めた人が,正当に評価を受けられる(他者からも正当に認められ,何よりも自分自身が客観的に自分の能力の向上を実感できる)制度をつくり,維持していく。
 このことは,万国共通の教育に携わる者の『責任』なのではないだろうか。

 今日は本当に腹が立った。
 腹を立てること以外何もできない(していない)自分にも腹が立つ。
 
  自分が関わっている授業で,生徒が「がんばったこと」や「力がついたこと」を実感できるような『生徒のためになる評価』をとり入れていこうと思った。
 まずは今の自分ができることから始めていこうと思う。評価をする側もされる側も,どっちも『評価』って必要なんだなって思えるように,自分の活動を工夫しなければ。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
いや〜本当にカンニングは酷いですね、ここの国は。
私も試験中に教室を見回って取りしまったことがあります。
問題を問題として認識しない。大きな問題ですね。
Battambang
2011/03/23 20:33

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